Home > ニュース > 学会ブログ > ヤマナカノミコトの物語

ヤマナカノミコトの物語

橋本大二郎グローバル化という言葉が、まだ一般的ではなかった子供の頃、父から、しかるべき立場にある西欧の人と付き合う時の、心構えを聞いたことがある。それは、その手の人たちは、ローマ神話やギリシャ神話を始めとする古典に通じていて、その中に出てくるエピソードを会話の中に織り込むから、こちらも西欧の古典に対する教養を身につけておかないと、話についていけなくなるという教えだった。あわせて、日本の古典も語れないと、軽い人間に見られるぞと注意してくれた。しかし、不肖の息子は、この教えを生かせないまま、あたら齢を重ねてきた。

ところが、人の心とは不思議なもので、何を学んでももはや間に合わないと思える年齢になると、今さらのように父の話が思い出されて、日本の神話にも興味を抱くようになった。先日も知人に誘われて、神嘗祭の様子を拝見しに伊勢神宮に出かけたのだが、夜も更ける中、垣根越しに神殿の扉の軋む音を耳にすると、国産みに始まるイザナギとイザナミの物語が、ほのかなリアリティをもって脳裏に浮かんできた。昨今話題のノーベル医学生理学賞のニュースと、古事記の世界が頭の中でつながったのは、その時のことだった。

それは、亡くなった妻のイザナミを追って、黄泉の国に出かけたイザナギが、命からがらこの世に逃げ帰った場面で、水で体を清めたイザナギが左の目をすすぐと、アマテラスオオミカミが生まれた。続いて、右の目をすすぐと弟のツクヨミが、さらに鼻をすすぐとスサノオが生まれたという。イザナギは男の神様だ、その左の目からアマテラスが、右の目からはという物語を思い起こした時、これはiPS細胞じゃなかったのかとひらめいたのだ。

そう言えば、旧約聖書にも、神様がアダムのあばら骨からイブを創りだす話が出てくるが、これも、肋骨の細胞から作り出したiPS細胞だったのかもしれない。と考えると、洋の東西を問わず、人の誕生にまつわる神話は、iPS細胞で説明がつくことになる。

逆に言えば、いよいよ我々は、神話の世界の神に代わって、人を創造する技を手に入れたことになる。これはもはや、倫理の世界を超えた新たな領域ではないのか、それくらいの覚悟が求められる時代ではないのかと、伊勢の涼風が耳元でささやいていた。 グローバル人材などという言葉のなかった時代に、その心得を語ってくれた父に、こんな思いつきの話をしたら、話のひねりが足りないと怒られるかもしれないが。

 

プロフィール:橋本大二郎

早稲田大学大学院客員教授
慶應義塾大学特別招聘教授
前高知県知事

  • 1972年~
    慶応義塾大学を卒業とともに、NHKに入局、福岡・大阪で取材活動にあたる
  • 1981年~
    社会部記者として宮内庁・皇室を担当
  • 1989年
    昭和天皇の崩御と、現天皇の即位の報道に携わる
  • 1991年~
    4期16年にわたり、改革派知事の一員として、高知県知事を務める
  • 2007年
    高知県知事を退任
  • 2010年~
    早稲田大学大学院の客員教授などを務めるかたわら、幅広く、社会起業やNPO活動の支援にあたる