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野合が生んだ明治維新

橋本大二郎

橋本大二郎10月の末、都知事を辞めて新党の立ち上げを表明した石原慎太郎氏が、第三極の結集を呼びかけた時、マスコミからは、原発や消費税に対する考え方が、橋下徹氏や渡辺良善美氏と、かなり違うことを指摘された。ところが、これに対する石原さんの答えが、「大眼目は、国家の官僚の硬直した日本支配を壊していくことで、原発や消費税などは、大切かもしれないが些細な問題だ」というものだったため、それなら第三極の結集は、選挙に勝つためだけの野合ではないかと批判を受けた。

多くの方は、その批判を当を得たものと感じただろうが、自分の受けとめは違っていた。その理由は、国の形を中央集権から分権型に変えることが、わが国にとっては、どの政策にも優先する、最重要の課題だと考えるからだ。

 

というのも、中央集権の下では、国は地方の面倒を見るという重い荷物を背負いながら、国外や国内の大きな課題に対応せざるを得ない。しかし、わが国を取り巻く現状は、そんな片手間仕事を許す環境にはない。

だから、分権化を図ることで、重い荷物を下に降ろして身軽になった国が、激変する人口構造や、経済のグローバル化、さらにはエネルギーの選択など、戦略的な課題に力を集中できるように、体制を変えなくてはならない。このように、国の形を分権型に変えることは、今や地方のためではなく、国のために急がれる課題なのだ。

ところが、既成の政党には、そうした危機感がまったくない。このため、その下で動く官僚たちは、震災復興のために増税した財源を、復興とは縁遠い事業に使うことも平気の平左だ。

こうした体制と体質を残したまま消費税を上げれば、彼らは今度は、数々の事業を社会保障と税の一体改革に結び付けて、手前勝手に予算化を図るだろう。また、脱原発であれ原発維持であれ、表紙だけを変えて、中にはどうとでも読める文章を書くこともお手の物だ。そんな中、野合批判に惑わされて、国の形を二の次にすれば、この国の将来はますます危ういものになる。

明治の開国を前にした維新の志士たちが、議会や教育の制度を、さらには、郵便料金を全国一律にするかどうかといった政策を、すり合わせていただろうか。黒船による列強の圧力を前に、そんなことは後回しにして、まずは国を開いて近代国家に衣替えしようと、立場を超えて野合したのではなかったか。

このままグローバル化の波に飲まれてしまうのか、それとも、明治や敗戦後の昭和のように、逆にその波にうまく乗っていくのか、今まさに、その決断が問われている。